TATTOO Artist
MIKA

Biography

@rays.mika

気がつけばタトゥーを彫りたいと思っていた

小さい頃から色々と、例えば家の外で猫とか
風景といった感じの絵は描いていました。
小学生の頃には賞をもらったりもしましたが、誰かに教わったとかではなく独学で自分の感覚で描いていましたね。

めちゃくちゃ田舎で育ったので、遊び相手は自然で、
犬とか猫とかと遊んだり、妹と木登りや川遊び、けっこうアウトドアで活発な子供だったと思います。
小学校も田舎特有の小さい学校だったので、全校生徒が友達みたいな感じでした。

タトゥーは、ずっと小さい頃から知ってはいたけど、b
本格的に意識し始めたのは高校生ぐらいからです。
お父さんがハーレーに乗っていたのですが、
小さい頃から日本全国のハーレーイベントとかに
一緒について行ってたので、何かと周りにタトゥーを入れている人が多い環境でした。

そのイベントに行くたびにに、
タトゥーが入っている人を見つけては
タトゥーのことを色々と尋ねたりしてたんです。
今思うと、子供だから何も気にせずに聞けたと思うのですが・・・
でも皆んな親切で優しくて、
そのタトゥーにまつわるストーリーを
子供の私にもわかるように語ってくれたのです。
それが本当に人それぞれで、面白くて・・・
だからタトゥーに対する偏見は全然なかったです。

そしてタトゥーをカッコいいと思うようになり、
次第にその想いは強くなっていき、タトゥーを入れたい、
このデザインを描けるようになりたい、
タトゥーを彫れるようになりたいと、いつの間にか思うようになっていました。

一度は進学を考えた

入学した高校は進学校で、就職か進学するしかないっていう雰囲気でした、
だからなのか、なんとなく私も周りに合わせて進学するしかないなって考えていました。

海外を飛び回ることが出来るツアコンになりたくて、旅行系の専門学校に行くことが高校2年生の頃には決まっていて、そこに向かって勉強もして試験も受けて合格もしていました。

でも高校3年生の夏休みに、
初めての海外だったんですが、
オーストラリアに1週間ほどホームステイに行きました。
そして、友達との大切な思い出作りである卒業旅行には行かずに、
一人でセブ島に1ヶ月間語学留学に行きました。
留学費用は自分でアルバイトしてちゃっかりお金を貯めてました。

とにかく英語が喋れるようになりたかったんです。
その動機も、海外で働きたい、
海外ならタトゥーが入っていても仕事に日本より困らない
でも、よくよく考えたら、自分の行動や思考ってタトゥーが中心だなって気づき、
本当にやりたいことはツアコンじゃなくてタトゥーだって、
私はタトゥーアーティストになりたいんだって、ようやく気づきました。

沖縄での修行生活

高校を卒業してから、タトゥーの修行をさせてもらえる
スタジオをアルバイトしながら色々と探していました。 そんな時、たまたま知り合いから
「沖縄のスタジオならもしかしたら・・・」って教えてもらいました。 でも距離は関係なかったですね。
すぐに沖縄のスタジオに連絡し、とりあえず今まで描きためていた絵をありったけ持って面接に行きました。

運よく採用が決まって修行させてもらえることになったのですが、もちろん無給です。
夜の10時から朝の5時ぐらいまでバーテンダーのアルバイトをして、
毎日3〜4時間ぐらいの睡眠でスタジオに行くという毎日の繰り返しでした。

でもそこでは、ひたすら毎日毎日、延々とティッシュの箱をデッサンして、
スタジオの掃除や雑用をしているだけで、ほとんどど言っていいほどタトゥーのことは教えてもらえませんでした。 結局、そのスタジオを辞めるまでの半年間、
タトゥーマシンを持った練習は一切させてもらず、
ずっとスケッチブックに鉛筆で絵を描き続けていただけです。

今考えると、そのころは無知なのもあって、
こういうものだと信じ切って言われるがまま働いていたように思います。

もう失敗はできない

もちろん、レイズのことは以前からYouTubeを見て知っていました。
ちょうど沖縄のスタジオをやめて、
地元には帰らずに沖縄でアルバイト生活をしたんですが、
その時にお父さんから「レイズで募集があるよ」って
募集の動画を教えてもらったんです。
すごいいいなって、今すぐにでも応募したいって思ったんですが、
前回のこともあるので、ここはちょっと冷静になろうと思い、
すぐには応募せず自分なりによく考えることにしたのですが、
それにはちょっとした理由もあるのです。

実は、決まっていた旅行関係の専門学校には行かずにタトゥーの道を進むという私に、
当然かもしれませんが家族には反対されていました。 別に今すぐにじゃなくても、
学校を卒業してからでもいいんじゃないの?と・・・ 元々両親はタトゥーに偏見がなかったので、
タトゥーの道に進むということよりも、
今じゃなくてもいいんじゃないか?というところで反対されました。

でも、そんな両親をなんとか説得し、
私が本気だということが両親に伝わってからは理解してくれ、支えてくれる関係になりました。 そういったこともあって、お父さんは私に、
レイズの応募があるよ、と教えてくれたのだと思います。 多分お父さんも、ここなら安心だって思ったんじゃないでしょうか。

だからこそ、次は失敗できないな〜っていうのがあって、一旦冷静に考えました。

それでもレイズを選んだ

私なりに色々と考えて悩んで、それでもレイズに応募しようと思ったきっかけは、
自分なりに日本中のタトゥースタジオを調べてたりしてたのですが、
設備や衛生管理や環境が桁違いというか
私の知る限りでは日本トップレベルだなと思って・・・

どうせタトゥーアーティストを1から目指すならトップレベルのところで勉強したい、修行したいと思って・・・
それにBOSS(ダニエル)の作品のクオリティにも、
当時何もタトゥーのことなんてわからない私なりに惹かれるものがあり、
日本だけでなく海外にも通用するレベルなんじゃないかと思って・・・
それが決め手ですかね。

沖縄から飛行機に乗って、はるばる京都まで面接に行きましたが、
やはり面接の時はすごく緊張しましたね。
スタジオに入った瞬間に、綺麗すぎて雰囲気に圧倒されました・・・

面接の時に絵を描くテストがあったのですが、
緊張しすぎて今でも何を描いたか覚えてないぐらいだったのですが、
ラッキーなことに翌日には採用の返事をもらいました。

 

もう、嬉しすぎてびっくりして、
すぐに急いで家族とかに連絡したのを覚えています。

必死に喰らいついていた毎日

実際にレイズにアシスタントとして入ったものの、
すごい進むペースが早くて、それについて行くのに必死で、
Akiと二人で意識を高め合いながらやっていました。
でも、やらされているとか苦しみながらやるという感覚は全くなく、
自分が大好きなことなので、どんどん上手くなろう!
このデザインもやりたい!というような感じだったので、
どちらかというと辛いとか大変とか、
そういった感じよりも楽しかった記憶の方が大きいですね。
もちろんいっぱい努力はしましたけど。。。

練習をしていて、一番苦労したのは直線と円でした。
基本的なことがやっぱり一番難しいです。
でも数をこなした、基礎を沢山やってきた事は自信に繋がっていると思います。
タトゥーに集中できるこのレイズの環境は本当に最高だと思います。

海外で活躍するアーティストになりたい

将来は、日本での知名度はもちろん、
海外で活躍できるアーティストになりたいです。
そのレベルまで自分のスキルをとことんあげたい。
デザインのスタイルも海外のスタイルを取り入れつつ、
いいものをどんどん吸収できる柔軟なアーティストになりたいです。

タトゥーをしていて楽しいのはリアル系や動物系のポートレートですかね。
あとは、ネオトラディショナルやダイナミックなデザインも、
もっともっと上手くなりたいですし、このジャンルだけ、
というのではなくお客さんの要望を何でもこなすアーティストになりたいです。

私にとってタトゥーとは

幼い頃から絵を描いたり工作も好きで、ものを生み出す、
創り出す側に自分が居たいという気持ちをずっと持っています。
その手段が今の私にとってはタトゥーなんだと思います。

頭の中全てタトゥーで、自分の中にある大きな芯というか、
タトゥーという大きい柱がある感じです。

タトゥーアーティストははすごく責任が重い仕事だと思います。
ちゃんとした手順で最大限の注意をしてやっていく。
でも、自分が不安だったらお客さんも不安だと思うので、
自信を持って施術に臨むようにしています。
母譲りのポジティブさを持ってこれからも頑張りたいと思います。

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